乙女の像の反対側のひっそりとした「十和田神社」正面鳥居から参道は整然とした杉木立で。
左手は、巨大な溶岩石の小山。
その先に十和田神社への短い階段を経て、小高い丘の上に神社がある。
社務所には宮司の奥さんがおり、珍しいお話も聞ける。
青龍権現とも呼ばれていた十和田神社。縁起には通常2通りの説がある。
一つは大同2年(807年)、征夷大将軍・坂上田村麻呂創建とされる説。
東征のおり湖が荒れて渡れず、祠を建てて祈願しイカダを組んで渡ったという。
もう一つは、南祖坊(南蔵坊、南草坊ともいう)によるもの。
熊野で修行した南祖坊が、鉄の草鞋と錫杖を神から授かり、
「百足の草鞋が破れた所に住むべし」と夢のお告げを得て、
諸国をめぐり、十和田湖畔で百足の草鞋が尽きたという。
当時、十和田湖には八郎太郎というマタギが、湖の岩魚や水を喰らううちに
八頭の大蛇となり、湖を支配しており、南祖坊は、その霊験により
九頭の龍に変化し二十尋(約36m)の身体を、十曲(とわだ)に曲げ、
八郎太郎を退治たという伝説がある。
実はここに最近、もうひとつ「龍女」縁起とも呼ぶべき再発見がなされている。
当HPの拙文「十和田湖龍女考」にて、詳しく取り上げてゆく。
占場
写真は社務所販売の、古来からの占い場専用おより。
現在占場へ下る梯子は通行禁止だが、おより自体は今も販売されている。
吉凶を占う場所は、社務所近くの乙女の像の前に広がる御前ヶ浜か、
自分が集中できる水場であればどこでも、例え自宅の風呂でも、良いそうだ。
【十和田神社へのお問い合わせ】
TEL:0176-75-2508 ※お問い合わせは、十和田神社に直接お願いします。
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